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広島高等裁判所 昭和45年(行コ)7号 判決

控訴人 広島西郵便局長

訴訟代理人 長谷川茂治

被控訴人 岩田和明

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事  実〈省略〉

理由

一  当裁判所も被控訴人の本訴請求のうち本件免職処分の取消を求める部分はこれを認容すべきものと判断した。その理由は、次のとおり訂正、附加する外、原判決判示の理由と同様であるからこれを引用する。

(一)  原判決二一枚目表七行から八行にかけて「成立に争いのない甲第五号証」と、同九行に「、同杉田務、同野田昭信」とあるのをそれぞれ削除する。

(二)  同二二枚目表二行から同二三枚目表八行までを次のとおり訂正する。

「ところで、〈証拠省略〉の結果によると、郵政省と全逓との間に締結された年次有給休暇に関する協約附属覚書一項によると、請求の手続として年休の請求は所属長に対しあらかじめ所定の請求書を提出することにより行うものとする旨規定されていること、郵政省としては年休請求書を現実に何人に提出させるかは郵政省の内部権限に属する事務処理上の問題であるとの見解の下に郵務局長通達(昭和三八年一一月二八日付郵服一〇九号)をもつて諸休暇の付与または承認に関することを主事、主任の掌理事項とし、主事に対しては「諸休暇の請求または承認申請があつたときは意見を付して上申し、上司の指示を受けてその結果を通知すること」を定めたこと、昭和四三年一月広島西郵便局集配課長に就任した竹中弥寿雄は、同局課長委任規定により年休の承認、不承認の権限を委任されていた立場から右通達の趣旨にしたがい就任間もない頃から課員に対し年休請求書は課員の担当業務の指定を行なう主事に提出するよう指導してきたこと、他方全逓では年休承認権が所属長から課長に委任されることは許されるにしても、それ以下の役職である主事、主任に委任することは許されないとし、主事、主任に年休請求書を提出させることは右協約に反するとの見解から昭和四二年の郵政省側との団体交渉において年休請求書の提出先の問題について話合いが行なわれたが結論が出ず、その後も話合が進められることになつており、広島西郵便局所属の全逓組合員をもつて組織する広島西局分会でも昭和四三年に局長らと年休請求書提出先について度々団体交渉していること、そして全逓及び広島西局分会では、組合員に対し年休請求書は所属課長に提出するよう強力な指導を続けていること、実際の運営状況としては、被控訴人が所属している集配課では具体的な年休請求書の提出先については課長と組合側の見解の相違から統一された手続がされておらず、課長の指導にもかかわらず組合の方針にしたがい課長に提出している者が若干名あり、被控訴人が年休請求書を課長に提出したのも同一課に所属する同僚から年休請求書は従来慣行として課長に提出しており、それが協約上当然の手続である旨説明指導されたことによるものであることがそれぞれ認められる。

以上の事実によると、被控訴人の行為は形式上国家公務員法九八条一項、郵政省就業規則〈証拠省略〉一三条に反するものということができるが、もともと年休請求書の具体的提出先については協約の解釈上労使いずれの見解が正しいかは別として労使間に争いがある事項であり、しかも被控訴人が課長からの指導、指示にもかかわらず年休請求書を課長に提出したのは職場での同僚からの説明指導によるものであるし、郵政省事務員として採用され六ヶ月にも満たない被控訴人が職場の同僚による説明、指導にしたがつたからといつて被控訴人個人を責めるのは酷であるから、被控訴人の行為をもつて国家公務員としての適格性がないと断ずるのは相当でない。まして、条件付採用期間中の職員と正式職員との間に身分保障について制度上の差異があるとはいえ、〈証拠省略〉及び弁論の全趣旨によると、課長の指示にかかわらず年休請求書を直接課長に提出した正式職員及び被控訴人に年休請求書を課長に直接提出するよう指導し、かつ被控訴人を伴い課長の指示に抗議した正式職員に対し何ら懲戒処分がされていないことが認められる以上、被控訴人の前記行為をもつて免職処分の事由とすることは失当であるというべきである。

なお、〈証拠省略〉によると、被控訴人は昭和四三年八月一八日の年休請求が承認されなかつたことについて、同月一七日区分台の所で「わしは明日どうしても休むぞ、クラス会じやけーの。」と言つたことが認められるが、右発言が課長に聞こえよがしになされたとする趣旨の右証言は、原審における被控訴人の本人尋問の結果に照らして措信できず、他に右発言が上司をぐろうする趣旨で反抗的態度から出されたものであると認めるに足る証拠はない。右被控訴人の本人尋問の結果によると、右発言は単に休暇を得られなかつた不満を同僚にもらしたもので、上司に聞こえよがしに述べたものではないことが認められるのである。」

(三)  原判決二三枚目表一〇行に「証人竹中弥寿雄の証言」とある次に「(一回)」と加え、同一一行から一二行にかけ「成立に争いのない甲第四号証」と、同一二行から一三行にかけて「、同井手口祐将、同野田昭信、同杉田務」とあるのをそれぞれ削除する。

(四)  原判決二四枚裏一行から同二六枚目表五行までを次のとおり訂正する、

「ところで〈証拠省略〉によると、郵政省と全逓間における「特別休暇等に関する協約」においては、病休はあらかじめ所属長に対し承認申請書を提出して、その承認を得なければならないこと、その場合所属長は必要ある場合証明書の提出を要求できること、及び七日以上の休暇については証明書の提出が義務づけられていること、集配課においては、竹中課長は七日未満の病休についても病気であることに疑問がもたれる場合確認のため証明書の提出を求めるべきであるとの態度をとりそのような場合証明書の提出を求めるよう副課長にも指示していたことが認められるが、集配課において特に濫用の疑いがもたれる短期の病休が多発していたとの事実はこれを認めるに足る的確な証拠がない。しかして課長の右態度そのものは当然であつて正当なものということができるが、ただ病休申請者と課長或いは副課長との問答等により病気であることが客観的にも確認できる場合、短期間の病気にあつては症状の如何により医師の診療をもとめず、自宅療養する例も少なくないのであるから、そのような場合にも証明書の提出を求めるのはゆき過ぎであるといつて妨げない。

そこで被控訴人の各病休申請について病気であることに疑問をもたれる場合であつたかどうかを検討するのに、〈証拠省略〉によると、昭和四三年八月一六日の病休については被控訴人は当日早朝奥副課長に対し具対的にどこが悪いともいえないが体の調子が悪く普通以上に汗をかき熱があるらしいので病院に行きたい旨申出ており、翌一七日には課長に対し病院での血圧、尿の検査結果及び医師から肝或いは腎臓病の疑いがあると診断された旨申述していること、また同年九月五日の病休については当日早朝奥副課長に対し歯痛のため休ませて欲しい旨申出て、翌六日課長から証明書の提出を求められたとき、被控訴人は夜中から歯痛が激しく眠れなかつたので朝歯科医に治療を受けに行つたところ、三日位通院が必要であると言われた旨申出ていることが認められるから、被控訴人が平常病気でないのに病休の申請をしている等病休を濫用していた事実があつたのであればともかく、そのような事実は本件全証拠によつても認められない以上、課長或いは副課長が被控訴人の本件病休に当つて証明書の提出を求めたのはいささかゆき過ぎであるとのそしりを免れない。

もつとも原審における被控訴人の本人尋問の結果によると被控訴人は同年八月一六日、同年九月五日のいずれについても医師の診断を受けた旨の証明書を医師から受領していたことが認められるから、課長の指示にしたがい証明書を提出することも可能であつたが、〈証拠省略〉によると、被控訴人自身も課長の指示にしたがい証明書を提出する意向をもつたこともあるが、全逓では組合員に対し七日未満の病休については証明書を提出しないよう指導しており、被控訴人は職場の同僚から一日位の病休で証明書を出すようになつていないし、提出の必要はないと指導されたこと、そのため被控訴人は両者の板挟みとなり困惑したが、結局日常共に集配業務に携わつている同僚の指導にしたがうべきであると考え、課長の指示に反し直ちに証明書を提出する態度に出なかつたことが認められる。

前記協約からすると病休申請に際し証明書の提出が求められた以上これにしたがうべきもので、被控訴人が同僚の指導にしたがつたということで被控訴人の証明書不提出の態度が正当化されるものではないが、郵政省事務員として採用後間もない被控訴人の立場としては職場の同僚の指導にしたがつたこともある程度無理からぬものと考えられるし、他方本件各病休については証明書の提出を求めたことがゆき過ぎであると認められる点を考慮すると、被控訴人が課長の指示にしたがわず証明書を提出しなかつたことをもつて免職事由とすることは相当でない。殊に〈証拠省略〉によると、集配課では病休申請に当り課長の指示に反し証明書を提出しなかつた者が被控訴人の外にもあつたが、他の者は何ら懲戒処分を受けていないことが認められるから、被控訴人についてのみ免職事由として証明書の不提出をとり上げることは他職員と比較して著しく均衡を失するものということができる。

また被控訴人がした課長に対する反論ないし抗議について、本件全証拠によつてそれが免職事由として考慮に価する程の言動によつてなされたものと認めることは困難である。」

(五)  原判決理由のうち本案についての判断四の(三)(原判決二六枚目表六行から同二八枚目表末行までを次のとおり訂正する。

「(三)超勤命令拒否に関する事由について

〈証拠省略〉によると、被控訴人が集配課で勤務を始めてから本件免職処分に至るまでの期間における超勤命令に対する被控訴人の諾否状況は控訴人主張のとおりであつて、被控訴人は通算一五回の超勤命令を受け、そのうち研究会を内容とするものは四回とも受諾し、郵便物配達を内容とするものは三回受諾し、八回拒否したこと、昭和三六年三月一〇日から施行された郵政省就業規則によると郵政職員の正規の勤務時間は一日について八時間以内、一週間について四四時間と定められ、被控訴人のような外務職員にあつても四週間を平均した場合の一週間の勤務時間が四四時間を超えないようにすべきことが定められており、被控訴人の場合勤務時間は毎日午前七時二五分から午後三時三〇分までで(但し休憩時間四五分及び賃金対象時間としての休息時間計二八分を含む)、一週間の勤務時間は休憩時間を除き四四時間と定められていたこと、被控訴人が拒否した超勤命令はいずれも午後三時三〇分から午後四時四五分まで休憩時間を除き一時間の超勤を求めたもので、これは被控訴人の応じた超勤時間及び正規の勤務時問を加えても一週四八時間を超えるものではなかつたことがそれぞれ認められる。

ところで使用者が労働者に対し労基法所定の規制労働時間を超える超過勤務を求めても処罰されないという刑事免責を受けるためには同法三六条所定のいわゆる三六協定の存在を要することはいうまでもないが、同協定の存在を前提とした使用者の超勤命令により直ちに労働者に超勤義務が生ずるかどうかは一個の問題である。しかし少なくとも使用者が超勤を命じた勤務時間がそれに正規の勤務時間を加えても労基法所定の規制労働時間の枠内である場合には、もともと三六協定を要せず就業規則、労働契約において正規の労働時間と定めることも可能であつたのであるから、その場合就業規則に超勤を命じ得る旨の定めがあり、それが労働者の集団意思の反映としての労働協約に反するものでなく、しかも個々の労働者が就業規則の定めと異なる労働契約を締結していない以上、就業規則の規範的効力から超勤命令は拘東力を生じ、これを受けた労働者は超勤命令に応じた就業義務を負うものと解するのが相当である。

これを本件についていえば、被控訴人の正規の勤務時間は四週間を平均して一週間の勤務時間が四八時間を超えないから、就業規則の定めにより一日の勤務時間が八時間を超えることも許される範囲内にあり、しかも被控訴人が拒否した超勤時間を加えても一週間の勤務時間は四八時間以下であるところ、〈証拠省略〉及び弁論の全趣旨によると、郵政省就業規則では三六協定の締結されているときはその定めるところにより時間外勤務を命じ得るものと定めていること(同規則六六条)、他方被控訴人が超勤を拒否した当時被控訴人の所属していた全逓芸広支部の支部長と控訴人との間で、一定のやむを得ない事由、すなわち郵便業務がふくそうして利用者に不便を与えると認められるとき、人員の繰り合せ上必要やむを得ないとき等には控訴人において所属職員に対し被控訴人が超勤命令を受けた程度の超勤はこれを行なわせることができる旨の三六協定(厳密にいえば労基法所定の規制労働時間を超えない範囲に関するものは三六協定には当らない)が締結されていること、また郵政省と全逓との間では郵政省はやむを得ない事由がある場合(その具体的な事由は右三六協定と同様)原則として四時間前に本人に通知することにより職員に時間外労働をさせることができる等と規定した「時間外労働および休日労働に関する協約」(昭和三四年一二月二一日締結)が締結され制限的ながら超勤を許容する態度をとつていることが認められるし、さらに被控訴人が右就業規則の定めと異なる労働条件で採用されたものと認め得る証拠はないから、控訴人が右就業規則、三六協定の定めるところにより超勤を命じた以上被控訴人はこれに応ずる超勤義務を負うものというべきである。

ところで〈証拠省略〉によると、被控訴人が拒否した超勤命令は郵便物が多数あるため正規の勤務時間中に配達することが困難であると認められたため発せられたことが認められるから、被控訴人としてはこれに応ずべきものではあるが、正規の勤務時間を超えて勤務することになるのであるから社会的に相当とされるような合理的な理由があるときは超勤を拒否しても問責されるべきではないし、現に〈証拠省略〉によると、時間外労働等に関する前記協約では超勤命令を受けた場合健康状態からして超勤困難なとき或いは本人にとつて重要と認められる事由があるときは異議の申立ができ超勤に応じなくてもよいとされていることが認められるので、被控訴人の超勤拒否事由、超勤拒否の際における上司との応待について検討する。

〈証拠省略〉及び弁論の全趣旨によると、被控訴人の超勤拒否事由については昭和四三年五月九日は海田市所在の親戚宅に就職祝を持参するため、同年六月二〇日は田辺医院に皮膚病の治療を受けに行くため、同年八月三日は他家に嫁している姉が被控訴人宅に引越すことになつて引越荷物を運搬するため、同月一〇日は風邪、同月一五日は頭痛のため、同年九月一八日、二〇日、二一日はいずれも歯科治療のためであつたこと、同年八、九月当時被控訴人は慢性腎炎または肝炎の疑いで広島市戸坂町所在の吉田医院に数回通院しており、当時高校を卒業して就職後最初の夏で体の調子が思わしくなかつたこと、また同年九月には歯科治療のため同町所在の大川歯科医院に通院していたこと、他方集配課においては超勤命令とはいつても実際の扱いとしては奥副課長が午前中に個々的に超勤して欲しい旨述べ、いわば個別接衝する形で超勤を求めており、被控訴人は超勤を拒否するに当つて事由を述べ奥副課長の了承を得ていたことが認められる。しかしてこれらの事実からすると、少くとも昭和四三年八月一〇日、同月一五日に超勤を拒否したことは不当とはいえないし、また病気治療を拒否理由としたものについても、原審における被控訴人の本人尋問の結果により被控訴人が研究会のための超勤を終えて後通院したことがあり、また時問的には一時間の超勤を終えて通院することが可能であつたことが認められる点を考慮に入れても必らずしも不当であるとはいえない。ただ昭和四三年五月九日、同年八月三日の超勤拒否については被控訴人の拒否事由のみからすると、やむを得ないものと首肯するに足りない、このように被控訴人の超勤拒否は、そのすべてが前記協約にいう異議申立事由に当るものとはいえないが、被控訴人は超勤拒否について奥副課長の了承を得ているのであるから、被控訴人の超勤拒否をもつて免職の一事由とすることは許されないものというべきである。

また病気ないし病気治療を理由とする超勤拒否をもつて勤労意欲に欠けるものと断ずるのは相当でないし、また私用のための超勤拒否についても、それが遊興娯楽を理由とするものであればともかく前記拒否事由からすれば必らずしも勤労意欲の欠如に基く超勤拒否であるとはいい難い。なお、被控訴人の超勤拒否により殊更に郵便物の滞留が生じた旨の控訴人の主張事実はこれを認めるに足る的確な証拠がない。」

(六)  原判決二八枚目裏七行から同二九枚目裏一行までを次のとおり訂正する。

「被控訴人は、昭和四三年七月一二日広島市舟入本町六-一七伊藤勇方で、同人所有のアパート居住者宛の内容証明、配達証明つきの郵便について同人の妻に対し代人受領を求めて拒否され両者の間で口論となり、後刻伊藤勇夫妻から被控訴人が代人受領を強要した旨電話で局に苦情が申込まれたこと、被控訴人としては平素右アパートの居住者宛の郵便について伊藤方が代人受領してくれていたことから代人受領を求めたが、代人受領を拒否された郵便物の発信入が伊藤勇であつたことから課長の指示により後刻の配達便で名宛人宅に不在通知書を差し入れたこと、同月一三広島市舟入本町七-二五栄建設株式会社宛の特別送達郵便の配達に際し、同社の者に送達報告書に捺印を求めたところ、郵便物を渡すよう求められ、押印するまで渡せないと拒否してロ論となり、結局受領を拒否されて局に持帰つたが、後刻同社の者から電話で局に苦情が申込まれたこと、被控訴人としては平素右のような郵便物については受領印を貰うまで渡してはならない旨の指導を受けていたのでその指導にしたがつたものであることが認められる。被控訴人の配達態度について右のような苦情が申込まれたのは被控訴人の事務不馴れと応待のまずさに起因するものと推測されるのであるが、(証拠省路)によると、郵便利用者からの苦情申入れは少くない(集配課の昭和四三年度苦情申告処理簿には、前記会社の者からの苦情申入のみ記載されているが、同年七月中の苦情申入は、右会社関係の分を含めて六件、同年六月中の苦情申入は一〇件をこえている)ことが認められるから、利用者からの苦情申入れが前記認定のようにあつたからといつて、郵便配達業務の経験が未だ浅い被控訴人について免職処分事由としてとり上げられる程のものとはいえない。

(七)  原判決二九枚目裏五行に「一四、一五と第五号証」とあるのを削除し、同三〇枚目裏五行の「同年九月一四日」とある前に〈証拠省略〉によると」加える。

(八)  原判決三〇枚目裏末行から同三一枚目表九行までを次のとおり訂正する。

「〈証拠省略〉によると、同年九月二〇日訴外平川が新住居表示により記載された宛先不明の郵便物について配達場所を調査していたところ副課長が宛先不明の郵便物は後まわしにするよう指示したことに関し、被控訴人を含む集配課員二一名が課長席に集まり右指示が誤つていると抗議したこと、この抗議の内容は新住居表示による郵便物の配達に関するものであつたことから被控訴人は業務の参考とするため課長の見解を聞くべく課長席附近に行つたもので、別段発言していないことが認められるから、特に被控訴人を問責すべき筋合はない。」

(九)  原判決理由のうち本案についての判断四の(五)「原告の勤務評定について」の項に記載された判断に加えて次のとおり補足する。

当審証人道川貢、同奥薫は、原判決認定の被控訴人の行為の外、被控訴人は作業能率が悪く郵便物配達のため局を出発するまで他の職員に比して時間がかかり、そのため出発が遅く、反面配達未済があるのに所定時刻より早く帰局したことが一再にとどまらず、一日の配達で配達未済の残留郵便物も他の条件付採用期間中の職員に比して多く、誤配も二、三度にとどまらず、上司に対する応待の態度も悪く、配達要具の整理整頓が不良である等勤労意欲に欠けており勤務態度は不良であつた旨証言しているが、被控訴人と職場での同僚である原審証人井出口祐将、及び被控訴人の直接の上司であつた当審証人仲本正(職場における同証人と被控訴人との関係については同証人の証言によつて認められる)はいずれも被控訴人の勤務態度、勤務実績は他の職員に比して遜色がなかつた旨証言しているのと対比してみると、右道川、奥両証言は誇張されたものと認められるので、そのまま措信して被控訴人の勤務態度、勤務成績が不良であつた旨認定することは困難である。〈証拠省略〉によると、竹中課長が被控訴人を同時期に採用された条件採用期間中の他の職員四名と違つて、ただ一人勤務成績不良と判定したポイントは年休請求書の提出先等に関する課長の指示にしたがわなかつたことを内容とする職場規律違反であることが認められるし、また〈証拠省略〉によると、被控訴人は高校在学当時アルバイトとして郵便物配送業務を行なつていた期間真面目に勤務していたことから奥副課長も郵便局への就職を勧め、被控訴人も広島西郵便局に配属されてから昭和四三年六月頃までは副課長の立場からみても素直に熱心に勤務していたことから、奥副課長としては被控訴人が良好な成績で勤務してくれるものと期待していたのが、原判決認定の被控訴人の行為から同年七月以降期待外れの感を抱くに至つたことが認められるから、竹中課長らによる被控訴人の勤務評定については上司の立場からみて部下として扱い難い職員として被控訴人を免職する前提に立ち殊更酷な評定をしたものと推認される。したがつて、右勤務評定を根拠として被控訴人が国家公務員としての適格性を有しないと判定することはできない。

二  してみると、原判決は相当であり、本件控訴は理由がないことに帰するからこれを棄却することとし、控訴費用の負担につき民訴法九五条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 胡田勲 森川憲明 藤本清)

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